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阪神淡路大震災から16年

今日、1月17日は忘れもしません。

阪神淡路大震災が起こった日です。

私は被災者ではありませんが、この大震災とはとても深く接して来ました。

今、神戸に住んでいること。私が神戸に来て15年になります。

被災者の方のいろいろな思いを神戸に来て知り、当時の映像も何回も見ました。

同級生は家がない子もいました。

16年になる今でもニュースなどで当時の燃え盛る神戸の街を見るとここまで頑張って復興した事にみなさんの思いに自然と涙がこぼれます。

1月17日は忘れてはならない日です。

私の胸には高校生の時からずっと刻まれています。

もしかしたら被災者になっていたかもしれないあの日からずっと。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

★げんげんさん

何だかいろんな思い出が蘇って、じ~んときてしまいました。
げんげんさんにも忘れられない日なんですね。

本当に関西にお住まいの方、被災された方にとっては1月17日は特別な日なんですよね。

私は被災者ではありませんが、当時ちょうど修学旅行中でもしかしたら震災に遭っていたかもしれなくて、とてもショックな出来事でした。自分たちが通ってきた街が火の海で沢山の方が亡くなって・・・本当にこの阪神淡路大震災だけは記憶から消すことはできません。


震災の翌年に神戸の大学に進学して、知りあう人はほとんどが被災した方達ばかりでした。
そんな沢山の方々の大変な苦労と努力を身にしみて感じ、今まで復興していく姿を見てきました。

たくさんの方々の思いを知っているからこそ、毎年この日が来ると1・17の文字に灯されたロウソクの灯に自然と涙してしまいます。

原爆のように後世までも伝えていかなければならない事ですよね。

投稿: toko | 2011年1月21日 (金) 02時25分

僕は16年前は、和歌山に住んでいました。

あの朝のことは一生忘れません。
大きな地震で目を覚まし、その後の朝のニュースで阪神高速の倒壊を目の当たりにし・・・。
テレビの向こうの惨状は、ほんの少し離れたところ。数年前に住んでいたところ(西宮)。

その日は営業所の所長指示で、若手数人とトラックで西宮の独身寮に救援物資を運び、そのとき見た街の光景に愕然としました。

幸い、僕の知り合いに不幸にあった方はいなかったのですが、あの時の感覚は今でもこの時期になるとブワーッと脳裏に蘇ってきます。

今は神戸も西宮も、あのときの痕跡は感じないほど復興し、年々テレビでも(おそらく関西以外は)取り上げる時間も少なくなってきていると思います。
しかし、関西の方のブログは、この日はみなさん同じように震災のことに触れられています。
広島の人にとっての原爆のように、忘れられない(忘れてはいけない)ことなんだ、と改めて思います。

多くの悲しみや不幸を生んだ震災でしたが、同時に人のつながり、善意、たくましさ、力強さもたくさん感じたと僕は思っています。

あれから16年。僕はいま、関西を離れましたが、一生この日を忘れることはないと思います。

投稿: げんげん | 2011年1月19日 (水) 01時37分

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